ライトノベル (Page 1)

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私の優しくない先輩

日日日(あきら)氏の「私の優しくない先輩」読了

天才高校生作家と名高い日日日氏は、短期間の間に4つの賞を獲得するなど、将来が楽しみな作家として認知されるようになっています。「ちーちゃんは悠久の向こう」が、それなりの出来だったので当分の間作者買い対象にしたいと思っていたり。

「私の優しくない先輩」は、碧天舎の、恋愛小説コンテスト ラブストーリー大賞受賞作だそうだ。作家たる者、色恋沙汰を書けないと艶に欠くからね、好印象。

さて、現時点で文庫本は発売されておらず、単行本での購入になりました。そのくせに短編といっていいほどの薄さです。面白さと文字の多さは比例しないんだけど、なんか損した感じがするのは何故だろう。赤川次郎と京極夏彦の比較と言えばお分かりいただけると思う。
ということで1時間足らずで読むことができました。電車のお供に最適でしょう。

内容は明快な恋愛物語。
変に技巧的に走っていないので読みやすく、この上なくわかりやすいです。2作品を読んだだけですが、日日日氏はシンプルであると感じました。シンプルが故にテンポが良く、中だるみが全くありません。最後まで一気に読むことができるでしょう。構成は「ちーちゃん・・・」とは違って奇をてらったものではありませんでした。寧ろ定型的、古典的、水戸黄門の印籠的なものでした。シンプルさが際だつわけです。

ただ、このシンプルさが意識的に生み出されたものならば問題ないのですが・・・
単に力不足でディテールが書けないだけに思えてなりません。司馬遼太郎氏の様にトラック一杯の資料を参考しろとは言わないまでも、説得力やリアリティを持たせる程度の努力はして欲しい。詐欺師の語りと同じです。嘘・フィクションを語るにも、少なからずの「真実」が必要なのです。

作中、主人公の抱える大きな問題が明らかになります。この問題のディテールを掘り下げず、さらりと流しています。物語の進行上、賢い描き方なのかもしれません。主題とは関係ないので省略したのかもしれません。しかし私にとって、非常に作者に都合の良い設定だと、思わざるを得なかったのです。

物語としては纏まって、それなりに涙ぐむ場面もあって、面白いと感じることはできました。しかし日日日氏の2作品に共通して感じた事は、小利口すぎるということです。もっと肉太な文章が見てみたい、もっと自分をさらけ出した文章を書いて欲しい。

シンプルで青い恋愛小説としては、エリック=シーガルの「ラブ・ストーリー」をお奨めする。日日日氏には、このレベルにまで達してもらいたいと期待しています。

辛辣に評価してしまったけれど、そこいらの本よりかはなんぼかマシです。才能にはより高いハードルの期待で答えてしまう。悪い癖ですね。

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ネコソギラジカル (中) 読了

西尾維新 「ネコソギラジカル (中)  赤き征裁VS.橙なる種」 読了です。

上巻読了時の予想は完全に外れ。てか想定を超越していました。筆者がファウストのインタビューにて、驚かすコツを掴んだとか語っていたのを思い出しました。エンターテイメントを送り出す側の発想力に、享受するだけの読者の発想が、ついていけるわけが無かったようです。

まんまと物語の展開の急激さに驚かされてしまいました。

アトガキで筆者が述べるように、まさに空転の物語。物語の登場人物、敵、味方、傍観者、読者、すべて巻き込んで空回りさせられます。サブタイトルも空転してるし。広げた風呂敷を仕舞う方法として、空転させるという方法もありなんだなと、変に納得してしまったり。

次巻「ネコソギラジカル(下) 青色サヴァンと戯言遣い」にて、戯言シリーズは終幕を迎えます。いーちゃんと友の物語は空転させずに真正面からで語って欲しいと思います。戯言遣いに正攻法を望むこと自体、詮無い事かもしれません。

戯言だけどね。

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ちーちゃんは悠久の向こう

第4回新風舎文庫大賞受賞作「ちーちゃんは悠久の向こう」を読んだ。

作者、日日日(あきら)氏は86年生まれの高校生だ。若さ溢れる作風を期待したら良い意味で肩すかしを食らった。寧ろ古風ともいえる言い回しを多用しながらも、堅くなりすぎず流麗で読みやすい文体は、まさに現代風といえる。

文体もさることながら構成も特徴がある。物語の先が読めない。それどころかジャンルを把握することもできなかった。「ホラー」なのか、「恋愛小説」なのか、「水木しげる」なのか。新時代の作家はジャンルにおいてはボーダーレスになりつつあると、近時強く感じるけれど、彼はその中でも抜きんでているかもしれない。

キャラクタもよい。ライトノベルで蔓延する「典型的な型」を演じるだけの「役者」ではない。何をしでかすか予想もできず、はらはらと据わりの悪い気分にさせてくれる。思考のぶれといったところか、あやふやさを内包した人間が物語りを造っている。

あとがきに久美沙織氏は作者に「オトコの子」を感じたと語っていた。私は作者に「観測者」を見いだした。言葉が違うだけでとらえ方は似ているかもしれない。現代日本は「個」ありき、と言うと字面はいいが、ようは自己中心。これが閉塞的に働いて自己妄想。都合のよい舞台設定を作り上げ、その上で人形を繰るという物語が氾濫している。その中にいて、この若き才能は、なんでもないありふれた舞台設定を選び、人間・人生の負の部分を隠すことなく、すらと書き記す。私は、常々、清濁混ざったのが人間らしさと捉えている。残虐な殺人・暴行事件がニュースで「非人間的な行為」と表現されることがあるが、全く以て間違いである。人間が起こす行為は「人間的」だ。おそらく作者は私と同じような思考の持ち主と思う。言葉や事象に努めて先入観・貴賤・常識を抱かぬよう注意しているのだろう。だからこそ彼の文章は型破りでいて流麗であると感じられるのだろう。人が無意識に感じている客観的バランス感覚に合致するからだ。

彼には、これからも型破りであり続けて欲しい。

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ネコソギラジカル(上) 読了

西尾維新「ネコソギラジカル 上 十三階段」読了です。

上巻終了時点では人死には殆どありませんが、題名通り中巻以降は、根こそぎでラジカルな殺戮劇の話になりそうですね。相当数の主要キャラクタが惜しみなく死んでゆく事が予測されます。というより予告されています。おそらく下巻の最後までに残るのは、語り部たる「ぼく」とヒロインの玖渚の二人だけなのではと思っています。

上巻では終章を語る上での助走みたいなもんで、殆ど物語の核が語られません。最後の最後で今まで名前でしか登場しなかった、橙なる種「想影真心」が登場します。この時点を以て「戯れ言シリーズ」を結ぶ為のキャラ配置が完了したということでしょうか。

本番は中巻以降のようです。次巻中巻「赤き制裁VS橙なる種」では、題名の両者の過去に「ぼく」を絡ませつつ話をつなぎ、下巻「青色サヴァンと戯言遣い」で、「ぼく」と玖渚との過去を明らかにするのでしょう。

物語の帰結点が座りの良い形になっていればと思いつつも、後味が悪く心に引っかかる程度の憎たらしさが、氏の物語の愛すべき点と思うのは倒錯でしょうか?

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ネコソギラジカル(上)

西尾維新の戯れ言シリーズの最新巻
「ネコソギラジカル(上) 十三階段」が漸く発売された。

去年の10月あたりに発売されるはずだったので、
首を長くし待ちすぎて、最近肩こりです。

戯れ言シリーズのフィナーレを飾る、ネコソギラジカル三部作の始まりとあって、作者も気合いがはいっての発売延期だったのでしょう。と、前向きに物事をとらえてみる。

とりあえず登場人物紹介だけしか眺めてみました。

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多すぎ。
これだけの人を出して物語りとして成立するんだろうか?期待と不安のミックスコンボがワタシの脳を揺さぶります。

3月には「本格魔法少女りすか」の2巻もでるとか。今年はスケジュール前倒しで頼んます > 西尾氏

渡瀬さんの空鐘6巻を読んだ後に、じっくり読み始めるかな。
ちなみに登場人物の画像は某サイトから無断拝借御免。

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