映画・テレビ (Page 1)

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電車男 映画版

「電車男」の映画版を、週末見てきました。

映像に文字・AAを取り込む際、色々な表現方法を使っていて楽しませていただきました。2chの雰囲気を一般人の方も少なからず感じる事ができるのではないでしょうか。

シナリオとしては次第点というところでしょうか。私としては誇張表現が目に付きました。デフォルメして描いたとは思うのですが現実感を喪失していたのが残念です。

とくに後半、電車男とエルメスの想いがすれ違うシーンがあります。これは映画オリジナルのシナリオになりますが、物語を盛り上げるために脚色しすぎて、リアリティに欠いています。電車男という物語の売りは、リアルタイムで進行する現実感のある奇跡、だと思っています。あからさまな嘘を描いちゃ駄目でしょう。

告白場所を秋葉原にしたというのも映画的だなと。コンタクトが外れ、服を脱ぎ捨てて、ヲタTシャツにメガネの元の姿に戻したのは、素のままでの告白を表現したかったからでしょうか?
その辺りにメッセージ性を持たせたいと思ったのかもしれませんが、あまりにも強引すぎて白けました。

電車男を演じた山田くんの演技が光ります。ヲタルックを脱ぎ捨てた後も残る挙動不信さが、コミカルで笑えます。これで、また一般人によるヲタへの偏見が深まったわけでありますがw

最後に、電車男がヲタを卒業したかのごとく、毅然とした態度で描かれるシーンがあります。実際のところ、今電車男さんが、どのように過ごされているかはわかりませんが・・・・

ヲタの魂、死ぬまで不滅 です

原作では、告白の日の朝にもアニメチェックを怠らない電車男がいます。結局、ヲタがヲタである事を否定することは自己の否定に他ならないと思うんですが・・・

最後に、ヲタの拡大について。

ニッチな市場ではありますが、ヲタ市場は年々拡大しています。その市場規模はビジネスにおいて無視できない程になっています。当然ヲタ市場に一生を捧げ働く人も増えているわけです。当然、彼らの内からもヲタが培養されるでしょう。

映画ではコミカルに描くため、挙動不審で決断力がなく、データ・マニュアルに頼る人間として、ヲタを描いています。しかし実際のところは、個々人の能力によるものだと思います。無駄に能動的なヲタも存在するわけです。

集合にレッテル貼り・ラベリングする傾向を、日本人は好むように思えます。その延長線上、集合の定義の真偽について確認したり、集合内の要素の相違点について観察する事を、放棄する事も多いように思えます。

結局ヲタってなんなんでしょうか?
主体の趣向の問題なのか、
客体のジャンルの問題なのか、
色々と定義は存在するようです。

私としては、
ある特定のジャンルに対して執着し、それ以外の事、特に大衆が好むジャンルへの興味が希薄な人。
客体は、ニッチなジャンル全般になり、
主体は、コミュニケーション不全の要素を帯びる事もある。

以上のように理解しています。

ニッチなジャンルは時代と共に変遷するわけで、
「ポケモン世代」が大人になる時代には、相当な意識変遷がなされるはずです。

また(ライブドアの某社長の言葉と同じになりますが)、高度情報化社会では、マスよりもニッチへの傾向が高まるでしょう。ニッチな市場の絶対数が拡大するわけです。自ずから、各市場にヲタが発生することは間違いありません。

それでいて一般大衆の概念も消滅することはありません。日本人は特に大衆への帰属を好む傾向があります。したがってヲタの受難はこれからも続くことになるし、隠れヲタが増加する事になるでしょう。

将来的には、隠れキリシタンを探すごとく、隠れヲタへの踏み絵が流行るとみたw

映画のコメントを書くつもりが、大きく脱線 (^^;

オチなし

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ローレライ

役所広司主演の『ローレライ』を観てきた。

原作は福井晴敏氏の「終戦のローレライ」。「亡国のイージス」で一躍有名になったのは記憶に新しい。「イージス」を読んだ樋口監督が惚れ込んでしまい、映画用の脚本を依頼して今作品が生まれたという逸話もある。そのとき興業的要素も鑑みて、「亡国のイージス」のようであり、かつ女性が登場する話を依頼したという。映画には華が必要ということだ。

既に映画館に足を運び、この作品を絶賛していた知人の話では「泣ける」という。歳をとり涙腺がゆるんだと言えども、数多の泣きシナリオを読みあさった猛者を自負する私にとって、どの程度泣けるだろうかと楽しみにしていた。

結局のところ、泣きどころはそこそこにあるのだろうが心の琴線を震わすには至らなかった。その理由は「人」の存在感である。ローレライシステムというSFを戦争映画に持ち込み新鮮さは感じられる。しかし戦争映画の醍醐味である各人の葛藤という心理描写が描き切れていない。つまりこの映画は漫画・アニメに近い。ディティールよりもデフォルメが重要視されている。そのせいなのか、この映画に登場する「人」は「役」の域を越えていないように思えた。典型的な「潜水艦船長」、典型的な「役立たずな首脳部」、典型的な「傲慢な米国人像」。そんな「役」が踊る映画など、犯人を知ってしまった推理小説を観ているかのようで、退屈すぎた。

こんな私も、ゲーム・漫画・アニメという3大サブカルチャーの申し子であって、言い換えるとヲタクである。日本人は世界で一番デフォルメという様式美を理解している人種であるという誇りさえある。しかし、これらメディアにおいてでさえ、デフォルメだけで受けていたのは遙か昔の話である。デフォルメの中にリアリティを求める時代になっている。つまり「人」「社会」「現実」を、隠し味として忍ばす事ができるかが、より求められていると思う。

突拍子もない設定、今作でのローレライシステムなどは些末なものだ。アイスクリームのトッピングのようなもので目新しさを演出する要素にすぎない。興行的には、観客導入において効果を発揮するのだろうが、ロングランになる映画は、核となるアイスクリームの味わいがあるはずだ。成熟したメディアは表現方法こそ異なるものの、帰結点は同じになると私は思う。物語を語る上で重要なのは「人」を描けるかにあると思う。

比較するのも失礼かもしれないが、潜水鑑映画の名作である『眼下の敵』を鑑賞いただきたい。私が言う心理描写の答えがそこにある。名作は「人」を描く。

批判ばかりになったが、駄作ばかりの邦画の中ではマシな方だ。海をCG・潜水艦を模型とする特撮技術は、ハリウッドの最新技術だそうだ。見応えのある絵に仕上がっている。シナリオも『アルマゲドン』で泣けた人ならば、反対にお奨めできるほどだ。つまり大多数の日本人には満足いくレベルの映画だと思う。しかし忘れられていく映画の典型であると私は思うのである。

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「雲のむこう、約束の場所」のDVDが届く

新海誠監督作品・劇場版アニメーション「雲のむこう、約束の場所」のDVDが届いていた。先月、下北沢の映画館トリウッドに観に行いったばかりで記憶にもあたらしい。帰宅後すぐにインターネットでDVDの予約をしたのだった。

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DVDには本編の他、キャストインタビュー・監督インタビュー・パイロット映像・予告編映像などが収録されていた。キャストインタビューでは、主人公・ヒロキ役の吉岡秀隆さん、その友人・タクヤ役の萩原聖人さん、ヒロイン・サユリ役の南里侑香さん、以上3名のインタビューが収録されている。

吉岡さんのインタビューを観て思った。ヒロキの素朴さは「吉岡さん生来の素朴さ」そのものがにじみ出た結果だなと。

新海監督のインタビューでは、彼が際だってセンシティブであると印象を受けた。同時に彼は、彼が思い描く世界を、他者に伝え得る豊かな語彙に恵まれている。幸運である。際だつ感性だけでは天才は世に認知される事はない。鮮烈な背景は、彼にとって言葉に語る以上の表現方法なのだろう。

2004年度の映画作品で、個人的には一番印象に残った作品である。マイナーな作品ではあるが一般の方にも鑑賞していただきたいと思う。

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雲のむこう、約束の場所

新海誠監督作品 劇場版アニメ 「雲のむこう、約束の場所」を観て来ました。

前作「ほしのこえ」を、ほぼ一人で作成した伝説から、はや2年。その間16ヶ国に発表され、DVDセールスは、国内6万、海外3万を越えたそうです。インディーズアニメのセールスとしては、現在最高記録とか。

数々の賞を受賞し、一躍注目のアーティストとして新海氏の名前は広まりました。初の長編アニメーションとなる今作品は、彼の引き出しを探る意味でも、注目の作品となったわけですが・・・

めちゃくちゃ良い。
どこかの巨匠が作った枯れた映画の何倍も面白い。

青さを前面に押し出した爽やかなジュブナイルストーリー。朝の清浄な空気を連想させる透明感、光の陰影、構図の妙。天門氏作曲のBGMも、作品に非常にマッチしている。登場人物の心の機微を音で表したかのよう。

残念だった点は、ストーリー展開が、やや巻いていたように思えた点です。1時間半という上映時間では語りきれない情報量と感じました。個人的には、あと30分分の物語の肉付けが必要だったと感じています。

ヒロキ・タクヤ・サユリの3人が共有した「あの頃」を時間を掛けて描いて欲しかった。突然姿を消したヒロインと、飛行機作成の断念のシーンが映像化されていない。意図的に省略したのかもしれないが、中盤の見せ場になったかもしれない。世界をとるか、サユリをとるかの二択にゆれる、ヒロキ・タクヤの心の葛藤も、もっと深く追求して欲しかった。蛇足かもしれないが、後日談を軽く補足する程度で触れて欲しかった。
このように注文が多くなるのも、良い作品であった裏返しかもしれません。

若き才能は埋もれさせてはいけません。そのためにもセールスが上がらなければなりません。DVD/CDが今年2月に販売されるそうです。迷いなく予約を入れておきました。

ポスト宮崎の一番手として、次回作以降も期待が高まるばかりです。

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ヴァン・ヘルシング

28日夜、ワーナーマイカルで「ヴァン・ヘルシング」先行ロードショー!
ってことで観にいってまいりました。

観に行くきっかけが、友達からの電話だったのですが、
すでに28日の19時でして、
いつもなら朝方チケット購入し、ベストポジションを確保する私ですが、
この時点で、まぁ最前列じゃなければいいかと、
チケット予約をいれなかったのでした。

さて21時ちょい過ぎに映画館につき、チケット購入しようとすると・・・
最前列と2列目しか残ってないし
最前列は一応さけて2列目にしたのですが、一番右端という最悪な場所。
先行といえど、たかが化物映画とあなどっていました。

実際座って画面をみてみると、
常にパースがついているというか、左奥から飛び出てくる感じ。
画面全体に顔が表示されたりすると、一部分しか見えないので表情把握ができない。
アクションシーンが激しくなると、何やってんだかわからない。
映画鑑賞どころじゃないね

そんな劣悪環境だったので、あまり面白く感じなかった。
もっと主人公が激ツヨな単純明快痛快アクションと期待していたのだけど、
主人公ヴァン・ヘルシングが弱い。
そして最後の敵も弱い。
楽しめたのは、3人の女吸血鬼が、いきなり現れては驚かせてくれるぐらいだろうか。

ドラキュラ物を突き詰めて真面目につくるなら、
もっとストーリーを練る必要があるし、
アクションで攻めるなら、中途半端なストーリーなんかいらなかったのにと思う。

首が痛くなったのだけが印象にのこりました^^;

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