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2005/04/20

ちーちゃんは悠久の向こう

第4回新風舎文庫大賞受賞作「ちーちゃんは悠久の向こう」を読んだ。

作者、日日日(あきら)氏は86年生まれの高校生だ。若さ溢れる作風を期待したら良い意味で肩すかしを食らった。寧ろ古風ともいえる言い回しを多用しながらも、堅くなりすぎず流麗で読みやすい文体は、まさに現代風といえる。

文体もさることながら構成も特徴がある。物語の先が読めない。それどころかジャンルを把握することもできなかった。「ホラー」なのか、「恋愛小説」なのか、「水木しげる」なのか。新時代の作家はジャンルにおいてはボーダーレスになりつつあると、近時強く感じるけれど、彼はその中でも抜きんでているかもしれない。

キャラクタもよい。ライトノベルで蔓延する「典型的な型」を演じるだけの「役者」ではない。何をしでかすか予想もできず、はらはらと据わりの悪い気分にさせてくれる。思考のぶれといったところか、あやふやさを内包した人間が物語りを造っている。

あとがきに久美沙織氏は作者に「オトコの子」を感じたと語っていた。私は作者に「観測者」を見いだした。言葉が違うだけでとらえ方は似ているかもしれない。現代日本は「個」ありき、と言うと字面はいいが、ようは自己中心。これが閉塞的に働いて自己妄想。都合のよい舞台設定を作り上げ、その上で人形を繰るという物語が氾濫している。その中にいて、この若き才能は、なんでもないありふれた舞台設定を選び、人間・人生の負の部分を隠すことなく、すらと書き記す。私は、常々、清濁混ざったのが人間らしさと捉えている。残虐な殺人・暴行事件がニュースで「非人間的な行為」と表現されることがあるが、全く以て間違いである。人間が起こす行為は「人間的」だ。おそらく作者は私と同じような思考の持ち主と思う。言葉や事象に努めて先入観・貴賤・常識を抱かぬよう注意しているのだろう。だからこそ彼の文章は型破りでいて流麗であると感じられるのだろう。人が無意識に感じている客観的バランス感覚に合致するからだ。

彼には、これからも型破りであり続けて欲しい。

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